須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

水曜 猫叉木鯖夫の俳句

 午後3時半起床。牛乳、紅茶。6時前、市英堂さんへ電話。風邪で体調イマイチのご様子。梱包1。

 吉成君からはこちらを安心させる内容の返信があったが、今日届いた来週の交換会案内を見ると、組合史執筆は弘南堂さん、須雅屋さん、吉成さんにお願いしてあると発表されており、ありゃりゃ、と慌てる。だんだん追い詰められてきた感あり。背中に重しを載せられ、いよいよ逃げ場なしである。何とかしなければなあと思うが、何とかなるのだろうか。

 昨日、心不全谷沢永一死去。81歳。たしか昭和63年の明治古典会七夕オークション下見にいらしており、会場である旧古書会館の階段踊り場に置かれたパイプ椅子に浪速書林さんと座っているのをお見かけしたことがある。『回想 開高健』の後記に、開高を失ったこれからの私の人生は余生である、と愛妻(夫)に先立たれた夫(妻)みたいなことを記していたが、その後の活動を眺めるにつけ、こういうのが余生なのかな、何かもっとひっそりとしたイメージの言葉だがな、と感じて、何処へ発表するいう訳でもなく、見せる相手もなく、そして秋でもないのにこんな俳句らしき(川柳か?)を作ったことがある。その頃の自分はこのままでゆくと本当に俳人ではなく廃人になるかもな、という気持で生きていたのだが。

「秋暑く〈人間通〉の余生かな」 猫叉木鯖夫(スガの俳号)

 本日の気温−4・8〜・℃。1時半〜3時入浴。受注、ボミャロフスキー『モーロトフ』昭23・弘文堂世界文庫、ハーディー『 貴女物語拾遺』昭12年・春陽堂文庫。「ラジオ深夜便」で、ちあきなおみ「四つのお願い」、梶芽衣子「怨み節」ほか昭和40年ヒット曲集を聞きながら、ワカメ塩温ソーメン、カレイ唐揚げ、カニカマ天麩羅、モヤシおしたし、ウィスキーお湯割り3、玄米茶。書見少。どうも最近は小原庄助さん状態であり、こういう生活パターンは改めなければな、と思いつつ午前8時過ぎ就寝。