須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

月曜 東京だョおっ母さん2

 午前3時に目が覚める。努力するが眠れず。どうも団体行動だと安眠できなくなる体質らしい。鞄に入っていた自分の書いたもののコピーなぞ読んで、ぶほっ、と吹き出したりしているうちに、なおのこと眠れなくなり夜明けを迎える。7時半、二階で朝食を和食で。毎日食しているナットウは遠慮する。大西君、恊治君、秀了君、花島さんと同席。昨日古書会館には現れなかった花島さんは中国文学の丸山昇先生を偲ぶ会に出席して、先生のお兄様である佐野洋さんとずっと懇談していた由。

 9時過ぎ、晴天の下、タクシー二台で颯爽と古書会館へ向かう古書札幌組清田伊藤会の面々。各自の手中にはドスやチャカの代わりにペンシルと入札用紙が。車中、若頭秀了氏から以前定宿にしていた小川町の某ホテルで遭った襲撃事件を聞く。その夜、巨大ゴキブリが部屋の壁を走るのを見てからは一睡もできなくなり、以後は他へ宿泊を余儀なくされたと云う。ゴキブリ作戦とは、恐るべし敵の姦智。冗談はさておき、この若頭は昆虫文献の専門家であるのだが、やはりゴキブリは愛せないらしい。

 昨日下見できなかった三階の本から見てゆく。毎回参加している人たちの話では出品量も来場者も一昔前に比べてすいぶんと減っているそうだが、さすがは東京、文学書や人文系のいい縛り(SMじゃない)がけっこう出ている。二階にサブカルコーナーと銘打たれた部屋があり、巽孝之さんが中学だか高校時代に主宰していたガリ版SF同人雑誌の束があるのを発見。とんでもない早熟の天才的傑作が並んでいるのかと覗いて見たが、やはりその年齢なりの書きぶりなので、ちょっと安心してしまった。入札もしないただの見学者なのに、また四階に上がったり、二階に降りたりしてうろうろ徘徊する。一階、二階にほぼすべての品物が陳列されていた旧古書会館と異なり、この新会館では、地下から四階までの上り下りの行ったり来たりを繰り返すので、疲れるというか、いい足腰の運動になるようである。旭川B・B・Bの村田さん父子に挨拶。

 10時を過ぎたところで、六階の事務所に伺い、昨年1月に取り込み詐欺にあった本を返却してもらう。むろん事務所の方が詐欺を働いたのではなく、犯人が逮捕され警察から東京組合へ預けられていた本である。林哲郎『英語辞書発達史』。うーん。悲しいことに、カバーにシミなどもでき、記憶にある状態から比べるとずいぶん汚れてしまっているが致し方なし。

 11時から第一回開札。文教堂恊治君と外へ散歩に。<三省堂>で『詩学』1・2月合併号を立読み。かみいとうほ君の写真が載っている。なかなかの男前ではないか。負けた。ニクイぜ。記念に買っておくことにする。700円。その後、古書通信社、けやき書店を廻り、彷徨舎へお邪魔する。無沙汰を詫びて即消えようとすると、まあ座って、と云われてお茶を御馳走になることに。お変わりないようである田村編集長の両サイドで新顔の女性が二人、熱心にパソコンに向かっている。恊治君は初めて入った『彷書月刊』編集室の光景にちょっと驚いているようだ。正午過ぎ、古書会館へ戻る。

 地階の本と自筆類を見る。乱歩、正史、海野十三夢野久作、小栗蟲太郎、橘外男香山滋などの探偵モノや、小林多喜二蟹工船」、井伏鱒二訳「父の罪」、小山内薫の袖珍本「手紙風呂」「第二の女」などの本、それに夏目漱石瀧口修造の手紙、太宰治の葉書、坂口安吾川崎長太郎草野心平埴谷雄高吉行淳之介山川方夫、森敦などの原稿を買う気もないのに触れて研究。特に海野本の状態のいいモノが何点も出ている。書肆ひぐらしさんに挨拶すると「ウチもなんとか倒産を免れて、ようやっと最近持ち直して来まして」と独特の話し方で。好感を持っているお人だけにまことに祝福すべき話である。三回ほど八階でお茶とミネラルウーォターで休憩。その休憩室で旭川の村田さんと遭って歓談、次いで近くの<VOICI CAFE>でカレーとアイスコーヒーを御馳走になる。残念だが新村堂さんには<まつや>を断る。あるかないか分からぬ「また」の機会にしよう。会館に戻りまた見学。ところで当然と云えば至極当然なのであるが、独立したての頃自分の憧れの存在の一人であった△△△さんもかなり頭が薄くなり、またその傍らに立つ◯◯さんの髭も真っ白。Time waits for no one. しかし彼らは成功者だからいいのだ。余裕なのだ。八王子佐藤書房さんに挨拶。下働きで各店の落札品整理の最中であるオヨヨ書林さんに上京前に注文受けていた本を届ける。こちらが勝手に想像していたイメージの外見とちょっと違っていたけれど、浪速書林、龍生書林、石神井書林月の輪書林越中書林、薫風書林というふうに並べてみると書林を屋号に入れた店はみな大成するようであるから、オヨヨ書林山崎氏の成功も確約されていると見て間違いなかろう。なちぐろ堂の大西君は二点、文教堂恊治君も一点落札したと云う。何も買わなかったのは須雅屋だけである。自分が入手したモノと云えば札幌でも売ってる『詩学』と戻って来た取り込み詐欺被害本の二冊のみだ。あ〜あ。である。

 5時に札幌ティームは専務理事を除き古書会館を出て羽田へ。空港内の<TOKYO CHEF'S KITCHEN>なる食堂で腹ごなし。蕎麦、ラーメン、ピザ、中華などの有名店が同フロアーに入っているセルフサービスの店なり。「また」の機会はないかもしれないので、浅草<ヨシカミ>のハヤシライスを奮発してみる。850円。一口口にするや天井まで飛び上がるほどの美味なのでは想像していたのだけれど、あまりに期待が過剰すぎたせいか今イチである。本店はやはりそれなりの味なのであろうと思いたいが。自分の前でラーメンをすする花島さんが開高健が持っていたようなフラスコからウィスキーを注いで飲んでおり、まことに風格があるなあ、とその容器に見とれていると英国製であるとの説明を受ける。やっぱりなあ。ここにも成功者が一人。搭乗ゲート前のスタンドで事業部長にウィスキー水割りを御馳走なり、19:30発JAL1039便に乗り込む。仮眠をとろうと試みるができず。

 21時千歳着。着陸が無事成功するや、機長並びに操縦士さんよ、ご苦労、と心の中で拍手。札幌古書組合事業部研修ティームは解散、9時半のJRで札幌へ。途中、新札幌で先行車両の点検のため25分停車でやれやれ。地下鉄南平岸からの道路は凍結してツルツル、冷気の中をそろりそろりと歩きながら札幌帰還の実感を味わう。

 11時過ぎ帰宅。入浴。受注メールに返事。三件「殿方パーティ」、川崎洋「まだ書けずにいるメルヘンの題」、「メグレと田舎教師」。沖縄紅ブタ塩焼き、エリンギと牡蠣炒め、細タケの醤油たまり漬け、大根浅漬け、高菜漬け、焼酎お湯割り3、緑茶。眠い、疲れた、と云いながらもなかなか横にならずに午前6時半就寝。