須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

日曜 大市本番ーこんな俺らに誰がした

 風の音で4時半目覚め。雨もぱらぱらと。6時、風音に我慢できず寝室の窓を閉める。要30分。窓を閉めた途端に風も弱まり日射し射す。何かカラカワレている気分。ああ、自然まで自分をバカにしているのか。最低6時間は眠ろうとの計画が大幅に狂う。ナットウとろろ冷やしうどん、ネバーギブアップ、フカシイモ、緑茶、牛乳、カフェオレ、冷水で第一食。
 20分遅刻して8時50分、頓宮神社着。ちょうど事業部員と理事が事業部長を囲んで今日のタイムテーブル確認の最中。古本屋のオジさん達が輪になって朝っぱらからミーティング。会社で云えば朝礼。古本屋は体操やエイエイオーはやらないけれど。
 11時までが事業部員の入札タイム。開札に入ると昼食休憩時間以外は、じっくり札を書く時間がなくなるから。急に弱気の虫が騒ぎ始めた自分、やはり落ちたら来月の支払いがヤバイと昨日入札したモノに片っ端からトリヤメ札を入れる。塚本邦雄の口のみは8690円入れておく。後はまた昨日の続きで、本を見て、本を触って遊ぶ。岩野泡鳴「放浪」明43函、原民喜「焔」昭10函、尾形亀之助詩集「雨になる朝」昭4、稲垣足穂ヰタ・マキニカリス」的場書房昭31限100、八木義徳更科源蔵宛書簡、、鷲巣繁男詩集「悪胤」昭25カバー、三島由紀夫「魔群の通過」昭24、谷崎潤一郎一括などに買う気もないのに触って遊ぶ。「悪胤」はしばらくぶりに見た。いい詩集だな。ええ本だな。限定100部足らずだけど、著者と製作者の裂帛の気合いが静かに封印されているのよ。矢野目源一の「美貌處方書」昭和12、初めて見たが、ほんとうに化粧品の作り方と美容法が真面目に書いてあり笑ってしまう。お肌につけるものであるからして不真面目に作られても困るけど。

 10時前、「あれ、佐々木君(薫風書林)が来てないな。どうしたんだろ。痛風勃発したかな」と◇◇書店さんが◯◯◯◯さんに話しかけている。「あれー、ほんとですね。また足が腫れて歩けなくなったのかな」と◯◯◯◯さん。「いや、11時までには来るでしょう。彼は、係じゃないですからね、今回は」と自分が口を挟む。◇◇さんと◯◯◯◯さんも同じ症状の爆弾を抱えており、云わば痛風仲間、痛風同志の一人である薫風書林のことを心配しているようなのだった。シノギを削り合うキビシい古書業界に咲いた珍しき美談であり、ああ、薫風書林は愛されているなあ、と目頭が熱くなるのを如何ともし難い自分であった(その痛みは経験したものでなければ分からぬという。もっともおよそすべての痛みというものはそういうものだけれど)。

 昨日の下見で何に入札したか覚えていないという某書店さんから相談を受く。じゃ、全部、アラタメと書いて入札すれば、とアドバイス。65歳ぐらいだろうか。大丈夫なのか。ああ、歳はとりたくない。この数年古書組合員の老齢化顕著なり。古色組合なり。と、目を移すと東京の◯◯書店さんのお姿が。「ゴッドファーザー」のテーマが我が脳裏に流れる。北海道のお客さんのところへ行くついでに寄りましたとK堂主人と話をしているのを傍で聞く。お姿を見るのは一昨年以来だが、頭はもちろんクリアーだろうけども、さすがに歳とったなあ、とまた今日も同じ感慨に耽る。
 11時、第一回開札の直前に東京の古書展W会同人さん御一行十数名が来られたので開札を少し遅らせる。親睦旅行のついでに寄ると昨日から連絡が入っていたのだ。明日は旭川旭山動物園富良野でラベンダー見物、「北の国から」の雰囲気に浸るらしいのだ。優雅だなあ、東京モンは。結局、W会の人たちが会場にいたのは1時間足らず、御飯を食べに行き、観光へ繰り出しで、戻って来た人はわずか。優雅だなあ、東京モンは。
 11時過ぎから開札。自分は発声係。寝不足で頭がいつもに増して朦朧、また身内のみだけでなく他組合の高名な古本屋さんたちが来ているので緊張する。英詩関係洋書一括のあまりの安さに唖然とする。2時半まで、昼食休憩(また弁当が出た)1時間挟んで発声。自分の他に発声係は二人いたが、一人は拒否、一人は開札で忙しく、結局勢いで最終発声までやってしまう。これだけ長く発声を続けたのは初めて、さすがにちと疲れたが、まあ、仕事したもんね、という充実感もある。カラオケ好きの自分にはぴったりの役回りという噂もある。
 札改め係(発声係の横で落札価格の最終チェックをやる)も三人のうち一人は家庭の事情で来られず、一人は来ているが例によって入札に熱心な余り仕事放棄。困ったもんです。急遽、N樹書店さんが代役をやってくれ助かる。「中国文学三本口一括、18290円で、札幌、H書さん」などと封筒に書かれた品名と落札価格、落札者をマイク片手に次々読み上げてゆくのであるが、文学関係は大概読めるけれど北方関係の地名など難読のモノがあり、また人が手書きで書いた字なので何が書いてあるのか解読不能のモノもありで、誰か信頼できる人が隣に座っていてくれないと発声係としては不安なのである。まあ、ところどころつかえ、「それでは発送を続けます、いや発声を続けます」というトチリはあったりしたが、「映画パンフ:ベニスに死す、他一括」とかの一字云い間違えると(ふだんから冗談でよくやっているのでコワい)、生涯の恥を抱え、一生の悪しき伝説を作り、札幌のバカとレッテルを貼られ、古本界の笑い者となって、東京の市場には二度と足を踏み入られなくなる、というような大きな失敗は無く、「え〜、海の人形、◯十五万円では東京◯◯さん」というふうに無事に最後まで読み上げたのである。
「海の人形」。驚くべき値段になっていた。落札者のやらずの上札は恐るべき鬼札。これで今夜は安心して酒が飲める、旅行が楽しめると相好を崩す◯◯さんにK堂庄一氏が訊いたところでは、函は初めて見た、と云われたそうな。そう云えば復刻版はダンボールのトンネル函に函の絵表紙の複製が貼ってあるだけで、元々の函の複製は付いていなかったのに気がつく。たしか復刻版の覚え書きか、誰か(西岡武良?)のエッセイにこの幻の函について触れられていたのを思い出す。近代文学モノのオーソリティーたる◯◯さんが初めて見たということは、初めて市場に出現したと同じ謂いであり、つまり珍本、稀覯本を超えた天下一本の出現であったのである。さすれば高額な落札価もむべなるかな、と戦いに参加しなかったビンボウ古本屋はすべてが終わった後で思うのだ。21世紀になっても何処に何が眠っているか分からぬものなり。

 出品者の◯◯さんに駆け寄り、よかったですね、おめでとうございます、とお祝い。◯◯さんはいつもと変わらぬ穏やかな微笑を浮かべるのみ。自分であったなら、場内三周走り廻り、雄叫びを上げるというようなマネはさすがに控えるが、一人トイレに入り、鏡に向かって、やったあ、とかガッツポーズの一つもかますところなのに。それにしても◯◯さんの出品でよかったなあ、としつこく思う自分である。
 市会終了後、ちょっと一服、水分補給。谷崎、荷風のそれぞれ一括を出品した◯◯堂と話をして、そうだったのか!と仕入れについての驚くべき秘密を知る。それから組合員全員で(帰っちゃった人もいたが)後片付け。まず本州、道内地方分の落札品を店別にまとめ、検品、梱包。続いて札幌の店の分をやり、一階に続々降ろす。須雅屋、薫風の二店のみが一点も買っていない。ああ、恥ずかしい、恥ずかしい、こんな俺らに誰がした、と薫風と二人で泣き嘆き、慰め合う。塚本邦雄もN堂の手に落ちていたのであった。。最後は掃除、机、椅子を並べ変え、借りていた部屋を元通りに復元する。予定より30分早く6時半終了。最速新記録。会計も一発で数字が合い、全体の出来高もまずまずと喜んでいたが、外の荷物を宅配便のトラックや伊藤赤帽の車に積んでいたら、結局7時近くとなる。やはりそう簡単には終わらない。また自分が若手からずいぶん軽く見られているのだなあ、という瑣細ながら忘られぬ一件あり。
 B堂の協治君に送ってもらう。車中、事業部員としての年間スケジュールで一番の山場である大市が終わったことを共に祝す。それから「あれ、オレのことですか?」と自分が書いたある文章について問われたので誤解を解く。
 <セイコーマート>でトウフ、もやし、酒一合パック2、計292円をあつらえ7時半帰宅。入浴。受注一件、A本屋さん委託分より、スコット「現代推理小説の歩み」。でもこれって一昨年あたりに売切れになってた筈だ。ヤバイ。日本ハムプレーオフ進出決定。10時前、飯も食わず、酒も飲まずに水だけ飲んで就寝。疲れた疲れた疲れた。