須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

冬の珍客

 2時半起床。晴。窓から射す日差し久しぶりで眩しい。うどん、ナットー、トースト、ミニ白アンパン、りんご、牛乳、紅茶、冷水。

 4時、妻は岩内へ出発。明後日まで滞在予定。行方不明になっていた商い用でない本二冊(谷川俊ん太郎さん角川文庫「朝のかたち」、岩波文庫「ヘンリ・ライクロフトの私記」)が気になり出し、第三書庫(別名寝室)に積み上げてある本を小一時間整理。季節の変わり目に、妻が箪笥の扉を開け閉めする毎に本が移動して、在処の分からぬ本が何冊か出て来るのである。

 18時現在、晴、0・3℃、西南西の風2m/s、湿度52%。少し前に出した妻目録へ受注一件五冊、うち二冊売切れ。<日本>から注文一件。宇野鴻一郎「斬殺集団」。発注者は我が家のすぐ近所にお住まいの人なり。シマッタ。すでに売切れていたのを出品から削除し忘れていた。これで<日本の古本屋>の評判がまた落ちた。須雅屋はもちろん、きっと信用おけない店としてお客さんに長く記憶されることであろう。

 10時、妻から定時連絡あり。「ちゃんと仕事してる?」「やってますよ」。12時半第二食。トリ肉マヨソース・トンガラシ、アメリカン・ソーセージ、イカ塩辛、米飯、麦茶、ケーキ1ヶ。
 元Sタイムス記者現在プウタローの小笠原君からメール、就職の可能性は現在、札幌と東京半々の由。

 迷惑メールに「猫叉木鯖夫さんへ」というタイトルのメールが入っていた。思い切って開いてみると『詩学』を読んでいる人からであった。投稿欄に掲載された自分の詩が印象に残っていて、「猫叉木鯖夫」で検索したらこのブログが出て来た由。現代詩の雑誌の大半の読者が実作者であると云われる通り、この人も「かみい とうほ」という名前で詩を書いていらっしゃる方であった。『詩学』でも何回か見て、その名を自分も記憶していた云わば投稿仲間である。文面と詩の内容からしてかなりお若い人だろう。自分の詩らしきものが好きだと云って下さる奇特な人。面映し。初めての経験なり。感激す。

 実は今日起きてからずっと虫の鳴き声が聞こえているのである。最初、二階の部屋から目覚まし時計か、電話の音が聞こえて来ているのかと思った。が、どうも自分の居住空間、それもかなり近くからである。聞き違いか、錯覚か、それとも耳鳴りかと思い、とうとうそこまで来たか、と思われるのを恐れて妻には伝えなかったのであるが、間違いない。虫の音である。りりりりりーん、りりりりりーん、という風に聞こえる音だ。ずうっと鳴き通しで、夜半となり、さらに朝方になってだんだんと声が大きく響いてくる。ちょっと喧しいほどだ。まだ生きていた秋の虫が何処からか入って来たらしい。居場所は自分がいる居間の隣の、アコーディオン・カーテンが開きっぱなしになって床が続いている第二書庫外国文学の部屋の何処か。これがダンボール箱、本の入った紙袋、本の積み上がった山などの障害物があり、どんな顔した奴だろうと確かめんがため、「いやぁ、ようこそ」なんて風には気軽に入って行けない空間なのである。何という虫だろう。鈴虫かしらん。自然界全般に詳しくない自分にはもちろん分からぬが、今のところ何か被害が発生しているわけでなし、しばらくこのままにしておこう。

 冊子梱包一ヶ。ネット徘徊の後、日記付け。11月終りまで辿り着く。

 正午、焼酎「さつま小鶴」お湯割り一杯。昨日昼間の片付けで出て来た、以前お客の◯◯さんから貰っていた静岡方面から出ている「岩礁」という分厚いだけで(その厚さたるや今の「現代詩手帖」みたいなんですわ)あんまり魅力のない詩の雑誌をぱらぱら。◯◯氏自身が喧嘩別れしてこの雑誌同人を辞めているし、古書価が付くことは金輪際無さそうなのでもう捨ててもいいだろうと考えたのだが、ちらと中を覗くと一度読んだ◯◯氏の文章目に留り、また読み返してみたり、途中居眠りしたり。冊子一ヶ発送し、テレビ国会中継MS構造偽装問題参考人質疑をラジオで少し聞いているうちに午後3時就寝となる。気温低いが外は晴。居間に陽が燦々。