須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

それは賢明というもの

 午前7時半起床。洗面所にいると壁をとおして隣から犬の吠える声が聞こえてくる。妻の話では6時ぐらいよりずーっと吠え通しの由。冬になり窓が閉められたままになり、赤ん坊の泣く声は聞こえなくなった。何処ぞへお行き遊ばされたか、成長されてもの静かになられたのかは分からねど、とにかくよかったと、やや安心をしていたのであるが、まだ犬は健在だ。

 トースト、ヤマザキのピーナツパン、カフェ・オ・レ。この時間に第一食を摂るとニンゲーンっていう自覚が生まれてよい。

 8時20分過ぎ、両手に紙袋下げていざ出陣。犬の咆哮、家を出るまで止まず。人間の方は一体どうなってしまったのか。主人夫婦の死体の傍らで犬がうぉんうぉん吠えているのでなければいいが。8時35分、<Maxvalu>前。薫風すでに来ていた。萌黄さんのクルマに乗せていただきき頓宮神社へ。二人にカレンダー進呈。これはネットや店で十分売り物になる高級カレンダーである、と訊かれもしないのに説明し、勿体ぶって薫風に手渡す。本当のところは、自宅にこれを下げる適当な壁面がないので、貰ってもらうのはそれだけで助かるのだけれど。

 9時、神社着。何本も日の丸。築こう明るい日本。他の事業部員は大方揃っていてもう陳列を始めている。が、すぐに並べ終わり、皆手持ち無沙汰。会場閑散としている。荷物実に少なし。個人的には今日は入札するつもりがないし、仕事もラクでよろしく、ノー・プロブレムなのであるが、組合としてはマズいのである。10月大市分、15740円を払う。

 魔法瓶と急須、湯飲み茶碗を休憩コーナーへ運んで、公の勤めを果たしたこととし、個人的お仕事にかかって持参した品を並べる。手塚富雄原稿ペン200字17枚、井上靖「沙漠の旅・草原の旅」昭和49・限定1200部・著者落款入・定価3万5千円、秘蔵品のアレ、仏語原書「モーパッサン短編集」「パリの昔」「ジャック・プレヴェール」など7冊、、第二回に一点、最終台に三点、計4点。品物並べるのは、ぽん、ぽん、ぽん、とすぐに終わるのであるが、トメの設定と品物につける出品封筒の準備に時間がかかる。なにしろ品物の説明をああだこうだと、やたらたくさん書く癖があるので。最低目標額総計1万5千円のつもり。

 しばらくするとK堂二代目がいつものように何箱か持って来場。おそらくK堂が、これからはセリにはあまり出さないことにする、なんていう風に方針変更をしたなら札幌の市場は、何かの一口ものでも出ない限り、それこそがらんと寂しいものになってしまうに違いない。開札時間近く、小樽のI書店、Y書房が駆けつけ、二十箱ほど出品。先月の大市にも出た廃業したハマダさんの閉店整理の口。ぱーっと見たところ、新田次郎の初期の本などちらほら。仔細に見れば面白いものがないこともないようだ。旗日のせいだろう、なかなか人が集まらなかったが、いつのまにか見慣れたいつもの顔が大勢。

 通常より30分遅らせて10時半から開札。第一回発声を担当。12時15分第三回開札。相変わらず◎◎書房の勢いが目立った。自分の出品したものは、手塚が2590円、井上靖5120円、アレが6390円、仏語が6980円、計21080円となった。どれも一、二枚しか札が入っておらず、札が絡んで値が上がるということがない。仏語は1890年代発行と思しきパリの風俗資料にもなる本が2点含まれていた。先月の大市で6冊8890円で落とした口に、今回6月の市で買ったT・K本に入っていたプレヴェールの評伝付大判写真集みたいな一冊足して、これが6980円だ。とほほ。手塚富雄の原稿は自家目録にも、札幌組合合同目録にも掲載して売れなかったのだから、これで良しとしよう。この人、大のつくドイツ文学者と云えようが、ハッキリ云って人気ないんだわ。だから売れないの。往年の外文学者では渡辺一夫とか辰野隆とか、同じ独文でも高橋義孝みたいな軽妙洒脱な随筆を書いてる人でないと、今売るのは難しいみたいだ。手塚さんのけっこう売れた新書本のタイトルがたしか「一青年の思想の歩み」だもん。もろ謹厳実直、マジメ〜って感じなのである。ここいら辺すべて憶測で書いているのだけれど、外文学者の本が古書市場で命脈を保つか否かのいま一つのポイントは、友人、後輩、弟子から如何に優れた学者が出るかではなく、如何にたくさんの小説家詩人が輩出するかにあるように思える。その点、辰野隆鈴木信太郎渡辺一夫は際立っているのではないだろうか。

 1時過ぎ後片付け終了。手数料引かれて、19520円をもらい、予定額達成の小安心と自分で売りこなせなかった空しさ抱えて、頓宮を出る。そう云えば『札幌人』で紹介されたので「ブログ読んだよ〜」などと声をかけて来る古本屋さんがいたら、恥ずかしいな、イヤだな、と昨日から案じていたのであるが、皆無であった(極少数の親しい人は以前から読んでいるらしいが)。儲けに直に繋がらないような文章は読まんのが商売人というものだし、実際この日記なんかに目を通しても一文の得にもならないのだから、それは賢明というものであろう。業界記事読むのが好きなI堂さんは今日は欠席であったことだし、助かった。

 テレビ塔近くの創成川が工事中で、いつのまにやらほとんど埋め立てられている。誰が何時決めたのだろうか。洪水防止とかの関係なのか、いかなるメリットがあるのか分からぬが、明治開拓時代からある歴史的にも重要な川である筈なのに、愚劣、とても残念である。街の鳩の(カラスもだけれど)水飲み場がこれで一つ消えることだろう。

 デパートの丸井今井前で某作家夫婦と擦れ違う。店を開いていた頃、二回ほどカタログに注文をもらい、事務所へ本を届けたことがある。所望したわけではないのに、自著の文庫本に献呈サインをしたモノをくださったが、当然のこと、すでにあちらは自分を覚えてはいないようである。この人の数多ある著作のカバーなんかに載っている著者近影って奴、あれ全部、20〜30年ぐらい昔の写真。おそらくファンも面識がなければ、何処かで見かけても、まず気づかないと思う。かつて本を買って戴き大変有り難く、またサイン本も嬉しかったのであるが、時々、この文庫本に献呈部分がなければなぁ、と思う自分である。

 <リーブルなにわ>に寄り『詩学』11月号を点検。自分の詩らしきもの、一次選通過止りであった。そういう予感はあった。それにしても今の選考担当者の二人、良しとする作品が全然重ならないのが面白い。◯◯さんの方は物語性のある詩、虚構性の強い作品には、まったくと云っていいほど感応しない人みたいだ。他の文芸誌など2時まで立ち読み。

 <Maxvalu>で買物。もやし二ヶ58円、豆電球207円、カビキラー298円。3時帰宅。たいして働いてはいないが疲労。眠気甚だし。15時現在、雨、6・7℃、南南東の風6m/s、湿度48%。メールチェック。うどん、ナットー、冷水、ピーナツパン、クリームパン、カフェ・オ・レ。

 <楽天>から受注一件。「山本六三ポストカード・コレクション」。妻のモノ。これはいい、とてもエロチックで。出来れば売りたくないものだが仕方なし、と自分のモノでもないのに惜しがる。

 8時から午前1時、睡眠。1時半から3時、入浴、ヒンズー50回。3時からラジオで拓郎、陽水、泉谷など70年代フォーク聴きながら第二食。ヤキトリ、イモフライ、タラコ、モヤシ中華ドレッシング和え、米飯、みそ汁。昔はバカにしてちゃんと聴いていなかったのであるが、佐藤公彦の「通りゃんせ」がよかった。歌詞が素晴らしい。4時「こころの時代」、逢坂剛神田神保町を書庫として」。ギターはほんと上手い。阿部昭対談集「短編小説を語る」読んで6時就寝。断酒。