須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

5月25日 水曜 ラルズ搬入と袋男

 くもり、微風あり。10時半過ぎ起床。本日は亜本屋さんのアルバイトで狸小路のラルズ・ストアに古本市の搬入陳列。例によってぐずぐずしているうちに家を出るのが11時半過ぎとなり、南平岸駅まで10分足らずではあるが、ランニング。自宅近く、平岸プール脇の八重桜が濃い桃色の花をまだ咲かせている。向かいが平岸霊園という広大な墓地で、この室内プールは今は移転した火葬場の後に作られた建物であり、そのオープン前後、祟りで遊泳者の脚が引きつるのではと噂されたものだが、その後今に至まで大きな事故は起きていないようだ。

 12時5分前、すすきの三条ビル亜本屋さん着。やれ間に合った、さあ、やるか、と自動ドア開け入口を入ったら、亜本屋主人の吉川さんが、2階の店舗から紐で結わえた雑誌類を運んでカーゴに積み込んでいる真っ最中であった。両手に雑誌やカタログの縛った物を持ち、ぽっこりとお腹の出た小柄な身体で、肩を上下させて、はあはあ息をしながら、顔に玉の汗を浮かべ、幾分うらめしそうに自分を見て、階段を降りて来た。聞けば、赤帽さんが都合で予定より30分早く来たため、ダンボール箱に入った主要部分の方はすでにラルズ・ストア8階に運んでしまった由。思わず口元が綻びそうになるのを堪える。ここの2階から荷物を持って階段を降りるというのが、今日の最も体力を消耗する仕事であり、それがほぼ終了しているのだから、この後は楽勝ものなのである。

 それでもエプロンしめて数縛りを降ろし、積み込み終えると、カーゴを亜本屋さんと二人でごろごろラルズまで運び、エレベーターで8階へ。今回は3月と同じで古本屋さんは亜本屋さんだけ。骨董屋さん(っていうほどの店は北海道にあるのかどうか)、古道具屋さん、画廊さんの、オジイさん、オジさん、お兄さん、オバさん(これが意外に多い)が、あれこれお宝やら、がらくたを並べてる中で、美術本の陳列。自分が雑誌と図録の平台2台を並べる間に、亜本屋さんが平台2台に、掛け台4台並べて、1時半にあっさりと終了。亜本屋さんはあまり頓着しないが、2週間も晒しておくといい本が汚れ、痛むのではないかと、神経質な自分は人ごとながら気になる。三条ビルに戻り、バイト代2千円とコクトー展の招待券を貰う。赤帽のお蔭で、一番ハードな仕事からは逃れられたが、本日の稼ぎ4千円を捕らぬ狸の皮算用計算していたのに予定が狂ってしまった。
   <リーブルなにわ>に寄り雑誌『文学界』、『群像』を立ち読み。どちらも新人賞発表号。以前から『群像』新人賞の選考員であった松浦寿輝が、今回から『文学界』の方も兼任している。たしか高見順賞(一応その年の最高の詩集に贈られるという建て前になっている)の選考員もやってる筈で、顔が福々しくなるに比例して、着々と大家への道を歩みつつあるようである。『文学界』巻頭エッセイ、保苅瑞穂さんの「クレソン」がよかった。プルーストがご専門の保苅先生には、一年しかいなかった大学でフランス語を習ったことがある。自分はたいてい後ろの席で当てられないように下を向いていたけれど、1週に四コマあった仏語の担当教諭の中で最も発音のきれいな先生であった。あの頃の保苅先生は今の自分よりも年下であった筈で、往時茫々。店内のラジオで時報鳴り、いつのまにか4時になっていた。
  このまま帰るべきかと考えたが、日記に変化をもたらすためにも、たまには何処かを巡ろうと20分ほど歩いて薫風書林を訪問。すごいことになっている。入口入ってすぐ右にダンボールが積まれ、通路が一つ封鎖されており、10坪ほどの奥を探索してみると、外国文学の棚の前にもダンボールと本が積まれて棚の中身が見れず、番台(これは昔、須雅屋で使用していた物でけっこう便利がいいのだ。ああ、懐かしいのぉ)にも本が高さ1メーターぐらい堆積して、その向こうの店主の顔はまったく見えない。先日委託して置いてもらった『彷書月刊』5冊もその堆積した天山山脈のごとき本の山の頂上に無造作に乗っけてあり、紛失しないかと気になる。この雑然さの具合は何処かで見た風景だなあ、と思い返してみると、北17条にあった独善的な古本屋古書須雅屋、つまり自分の店であった。それはともかく、以前から来るたびに本が増える店で、そこは今回も変わらなかった。Eシーク(楽天)へは2千点弱出品しているが、店に陳列してある品はほとんど掲載していないそうで、薫風書林の底力を見る思いがした。なーんてね、ヨイッショ!

 先週土曜日、自分も知り合いの函館のK・T氏から荷物が引っ越しコンテナ便で届いた由。水道管を破裂させ、大家と諍いあり、急遽移転しなければならなくなったとのことで、先に電話で20箱ほどと聞いていたが、いざ着いたのを見てみるに、引っ越し用のデカいダンボールで60箱もあったそうで、平岸の実家に降ろしてもらったが車庫に入りきらず、貸し倉庫を1ヶ月借りて押し込み、その移動整理で土日の二日がつぶれた由。詩集と将棋の本が多いそうで、「来月の市に出しますから、詩集買うためにお金作っておいて下さい」と言われて帰路につく。

 南平岸Maxvaluで酒一升パック768円。帰宅してシャワー後、楽天に5点入力UP。薫風がネット通販を始めるに際して、毎日1点でも更新すること、掲載商品を増やしていかないとお客がついてこないよ、と、じゃんくまうすさんから受けたアドヴァイスを実行しているという話を今日聞いて来て、自分も見習うことにしたのである。ブツは學燈社から出ていた『みどり』という高校生向けの文芸誌(?)、昭和33〜4年の5冊。鮎川信夫谷川俊太郎富岡多恵子の詩や、森田たま、網野菊の随筆、面白いところでは有吉佐和子井上靖深沢七郎志賀直哉宅への訪問インタビューなんてのも載っているが、なんといっても目玉はうち3冊に入っている寺山修司の読切り連載「街の散文詩」なるラジオ・ドラマのシナリオみたいな創作。寺山書誌に暗いので断言はできないが、これはひょっとするとというか、おそらく単行本未収録作品ではないかしらん。

 昨日に続き、岩内からの輸入品たるタコ刺し、焼き魚:鰈、蕗と筍とブタ肉の煮物で酒二合。
 飲みながら、『群像』新人賞の「さよなら アメリカ」という23才(?)だかの若者が書いた受賞作が、安部公房の「箱男」へのオマージュというか、これをヒントにしたというか、下敷きにしている作品で、主人公が顔にスーパーのレジ袋を被っている袋男の話であるらしい、と妻に話したところ、数年前に出た(2500円の豪華本であったとか)松本大洋GOGOモンスター」というマンガにも常に頭に紙袋を被った少年が登場するのだ、と教えてくれた。そうか、なーんだ。選評で安部公房については揃って言及していたが、松本大洋については(内容はどんなストーリーなのか知らないが)誰も触れていなかった。これでいいのか、と自分は思った。