須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

火曜 古本市店番3/出来ることなら

 午前8時15分起床。うどん、ナットウ、冷水、トースト2、ミニ餡パン1、カフェオレ、紅茶にて第一食。地下鉄で薄野。10時5分前、ラルズ狸小路店着。本日はセカンズ夫人と店番。初日の賑わいは何処へ。零時半、社員食堂にて昼食休憩。持参オニギリ2、番茶、冷水。

 金子君、清水さん、〈焼鳥じゃんぼ〉三宅マスター、来場。初日も来てくれた金子君、今日もたくさんお買い上げ。たしか失業中の筈だがまだ余裕があるらしい。1冊も買わなかった清水さん、さらに小さく、より色黒になった印象。三宅さんには誘われた2月末の朗読イベントへの不参加をお詫び。ヒマなので読書すすむ。

 夕方、セカンズさんの娘さんがお孫さんを連れて来店。可愛らしい女の子で目に入れても痛くないのではと思われる。6時半休憩、社員休憩室でオニギリ1、持参冷水。8時終了。レジ締めをセカンズ夫人に頼む。

 南平岸Maxvalu〉にて、モヤシ、ジャガ薯キタアカリ2、白鹿カップ1、トイレP、キッチンP、計806円調達。

 9時、帰宅。玄関に迎えた妻より岩内の義母の死を知らさる。6時半ぐらいに、岩内の病院から容態急変の電話があってから2時間?ほどで。少しでも長く、出来ることなら来年まで生きながらえて欲しいと思っていたが、2月の初めに、余命3カ月から6カ月と告げられた医師の診たては誤ってはいなかった結果になってしまった。当たるにしても6カ月の方になって欲しかったけれども。無償で支援してくれる人がまた一人いなくなったわね、と妻。義兄の涙声を初めて聞いたとも。いろいろ援助してもらったのに自分は、実母に対してと同じく、何もしてあげられず、何ひとついいところを見せられなかった。晴れて岩内へ遊びに行ける境遇になったら、ご本人の人生をちょいと聞かせて貰おうと悠長に考えていたのだが。岩内大火のことや、店を出した前後のことなどを。実父と違って頭は最後までしっかりとしていたのだから、面白い話が聞けたかもしれないのだが。義母と義兄夫婦のやさしさのために、自分は本来の郷里よりも岩内の方が好きになってしまったぐらい、いい人だったのに。そういう義母であったことは自分の人生の中で数少ない?幸福だったと思っている。

 今日の気温、10・1〜19・6℃。10時半〜零時入浴。刺身(タコ、マグロ、マグロナカ落ち)、コマイ、サバ唐揚げ?、鶏背肉ソース焼き、熱奴、蒸しジャガ、白鹿カップ200ml燗酒1、ウィスキーお湯割り3、玄米茶。1時半、小笠原氏よりメール。校正して返信。午後4時半就寝。