須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

行きつ戻りつ

 6時に目が覚め、起床は7時半となる。後藤明生「笑い地獄」を読了し、日記を書く。11時半から、いつもどおりうどんとトースト、カフェ・オ・レにより第一食。

 ピンポンピンポンと連続してチャイムが脅迫的に2回、トントントンとドアも叩くので、覗き穴から見てみると作業服着た男が二人。ちょっと開けるや、ぐいっとスゴい力でドアは引っ張られ、全開にされて、そこに立ちはだかった二人の若い男。ここいら辺りの地質がどーしたこーしたで、加えるにこのマンションも築年数がソートー経過しており、それが故、水道管も古くなっているため、朝から蛇口にフィルターを付けて廻っている、で、これからお宅に工事に入りたい、と一人が口上を述べる。それがさも、大家からの依頼での正当な仕事をしているが如く堂々とした態度なのであるが、そんな話は案内チラシも入っておらず管理人からも聞いていないので、「これからすぐに外出するけど」、と言うとあっさり引き下がった。つまり、最近はやりの悪質なセールスまがいであったらしい。これが人のいい老人であったなら、すぐに家の中へ上げていいカモにされたことだろう。身近な例では、田舎に住んでいた自分の父親が昼間から酒を飲んで、もとよりあまりよくない頭がさらにタリラリラン状態でいるところへ、訪ねてきた悪質詐欺セールスに他愛もなく引っかかり、バカ高いお布団を買わされていたものである。それも、何度もさまざまな会社から。

 正午、F・A 氏に電話すると、3時ぐらいに来てくれ、とのことなので襲ってきた睡魔にあっさり降参し横になる。1時半までの予定であったが、妻に起こされ2時半近く、二回目の起床。慌てて洗顔、着替え済ませ、パソコン入れた紙袋を持って45分出発。

 大通で南北線から東西線へ乗り換え。3時半、地下鉄宮の沢駅着。快晴。風爽やかで心地よし。ビール日和。が、天気は素晴らしくても心はからりとは晴れず。すぐ近くに<ブ>(岡崎用語踏襲)があるが寄らず。経済的にも心理的にも余裕のある状態ではない。そうだ、発泡酒でも買ってゆこうかな、という考えがチラと浮かんだが、いや、あの人はそういう見返りを期待する人じゃない、それにこれから修理の金がいくらかかるかも分からぬ、と思い返し、取りやめる。ああ、自分のケチ!

 10分ほど歩いてF氏の事務所着。開け放した窓から入る風がブラインドを揺すっている。その前の大きなデスクの上にパソコン3台とプリンター載せてFさんは仕事をしていた。昨年師走、訪問した時に顔見知りとなった部屋の角スペースを間借しているハコザキ氏にも挨拶。笑顔のいいハコザキ氏は自費出版(?)の会社を起業したばかりで奮闘中。F氏、ハコザキ氏ともにK堂jr.の友人でもある。相変わらず一方の壁面が本だらけ。仕事には直接関係のなさそうな文学書や思想の本が雑然と積み上げれている。それとは反対側のソファ横に置かれたガラス扉の棚に収められた花田清輝コレクションはみごと。

 ノースリーブ姿のよく陽に焼けたスタイルのいい若い女性もソファに座っており、この人は従業員の方かしらん、と訊く間もなく、Fさんは、応接テーブルの上に載せたPowerBookを調べ始めた。電源入れて起動しようとするが、相変わらず歯車がくるくる。それで、OSをCDナントカからインストゥールしようとするがカタカタと何かに引っかかるような音が微かにするばかりで、うまく行かない。ついで、自分にはチンプンカンプンな装置を3つ、4つとハコザキ氏と二人、次々に取り出して、パソコンに繋ぎOSを入れようとするがPowerBookは生き返らない。「うーん。どうやら、スガさんにとって、よくない結果が出つつあるぞ」宣うF氏、うなずくハコザキ氏の顔もだんだん深刻味を増してきた。
 ついに5時半過ぎ、これはやはり内部の故障である、それもハードディスクの交換のみならず、ナントカとカントカも取り替えなければならぬかもしれぬ、そうなると、修理代が5万から7万、期間は最低1週間はかかると覚悟しておいた方がよろしい、と診断が下った。それだと、中古品買った方が話が早いかもしれず、この故障品を買ってくれまっか?、と頼むと業者はせいぜい1万と言うだろうが、そこを粘って1万5千円にしてもらえるよう、少しでも高く売れるようガンバって下さい、とハコザキ氏から励まされる。「そういう交渉ごとが一番ニガテなんだよなぁ」とうなだれる自分に、「それはよく知ってますよ」と笑ってFさん。

 新札幌駅の地下鉄に乗り、座席に座るや、暗澹たる気分に襲われる。手持ちの金を勘定し、次いで同業へ持ち込む本を頭の中でリストアップ。6時過ぎ、地下鉄バス・センター前駅で降り、15分ほど歩いて、二人に教えてもらったPCショップ着。以前見に行った札幌駅近辺の何軒かとは段違い、売場広く、物量豊富、品揃えもバラエティに富み、客も店員もうようよいて驚く。サポート専門員に見てもらうと、10分ほどで内部の故障との宣告。しかも、意外なことに、ハードディスクの取り替えだけでOKだろうとのこと。で、おいくらでっか?と問うと、手数料含めて11.130円。ほひょ。嚢中1万5千円しか用意しておらなんだ自分は、すんません、また出直して来ます、と、回れ右して店を去るという恥を演じずに済んだこともあり、実に安堵のため息をついたのである。

 バスセンター駅で電話し結果報告。喜んでくれるFさんに、また今からお邪魔してええでっか?、とお願いすると、どうぞどうぞ、と言われ、ずうずうしく再訪問することに。車中、先ほどとはうって変わった気持ちで過ごし、宮の沢駅で降り、エスカレーターで夜の地上に出た時には、新たな考えが浮かんだ。そうだ、7万もかかるかもしれないと一時はふんでいた修理代が1万チョイで済んだのだ、今度は発泡酒を買ってゆこう。だが、ツマミは買わず、コンビニ<セイコー・マート>で最も安価な「サッポロ・ドラフトワン」半ダース698円をチョイスしたのみの自分であった。ああ、やっぱり自分のケチ!

 発泡酒を飲みながら、F氏がOSをインストゥールしてくれるのを、見学。終了、11時過ぎとなる。途中、ハコザキ氏が追加を調達してきたドラフトワンとオツマミもいただき、無事再起動したPowerBookを感涙に咽びながら眺め、二人に感謝。いつもこのぐらいの時刻まで事務所にいるのが常だからとは言ってくれるが、今日は自分のために何時間も浪費させてしまったなぁ、と思う。それにしても、パソコンとは、なんと壊れやすいものであろうか。現代文明はかくも脆弱な基盤の上に成立しているのか。が、もうそれ無しの生活は自分でさえも考えられなくなっているのである。

 Fさんのデスク上に見覚えのある名の名刺を発見し、訊いてみると果たして高校時代の同期生であった。これだから札幌は狭いと言うのだ。いつ何処で、どんなシチュエーションで誰に会うか知れたもんじゃない。今度、◯◯エージェンシーを退社、独立したが、マックによる印刷の権威の由で、さして親しい間柄ではないが、また友が偉く見える感を味わう。
 発泡酒4本飲み、「人間失格」初版帯なし他6冊オミヤゲにもらい、11時半過ぎ辞す。大通での乗り換え、南北線最終に間に合い、12時半近く南平岸駅着、<MaxValu>でラップ2ヶ、もやし2ヶ(計254円)買い、帰宅。妻は夕方から岩内の実家へ出かけたため、不在。机の上に、パソコン代の足しにということか、愚妻の本が何冊か重ねて置いてある。

 食事後、メールの設定しようとするもうまく行かず、送信の方のみは可となったが、受信の方はままならず、いつしか外が明るくなりつつある。シャワー浴び、一昨日朝の「パンのみにあらず」の客にメールしておく。酒、ウィスキーと飲み、後藤明生「無名中尉の息子」を読み始めるが、猛烈な睡魔が来りて布団へ誘う。就寝8時となる。