須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

犬の夫婦

 ばたん、ぐー、とすぐ寝付けられる予定であったが、なんやかやと押入れの中で反転、6時頃まで眠られず、うとうとして9時には目が覚める。いましばらく睡眠をとろうとするも、努力空しく10時起床、押入れベッドを妻に明け渡す。

 晴。朝から気温20℃の由にて蒸し暑し。固形物摂らず、水、カフェ・オ・レ、紅茶を飲み、パソコンに向かい日記を書く。

 作業中、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。先日、2階に転居してきた新入りは非常識ということもなく、今のところ、わが静かなる生活に支障はない。が、問題は油断のならない隣の夫婦である。最近窓を開けていると、隣の部屋から赤ちゃんが泣くような声が聞こえてくる、と妻から聞かされていたのだが、まさか、と自分は本気にしなかった。だが昨日、郵便物を確かめにロビーへ行き戻ってくると、隣の部屋の玄関ドアーが開いて、赤ん坊を抱いた女が踊り場に出てきた。「こんにちわ」と軽く頭を下げて階段を降りていったが、自分は不意を突かれ、あの犬山(仮名)夫婦に子供が出来ていたのか、と唖然とした。

 昨年春にこの夫婦が入居して以来、顔に似合わぬと妻が評する自分の神経は、キーキー、キーキー、と、毎日ヤスリで削られるがごとき状態に置かれた。初めはうかつにも気づかなかったのであるが、ひと月ほどしてこのペット禁止のマンションで犬を飼育していることが知れた。大家の自主管理がゆるく、他にも犬を連れた住人とはしばしばすれ違うこともあった。それらは皆、主従共々申し訳なさそうな顔をして通り過ぎてゆくのであるが、この夫婦と犬は悪びれることもなく、実に堂々としているのである。そしてその犬がバルコニーに出てきて、昼夜狂犬のように吠えまくり、なおかつ所かまわずフン尿をまきちらすので、自分は生きた心地もしなかった。実家では、猫も犬も飼っていた経験のある自分は、決して犬は嫌いではない。猫も好きだが犬も好きだ。むしろテレビ画面やそこいらで見かける大方のニンゲンよりも、犬に好意を持っているぐらいである。そう、犬に罪はない、かわいい奴ではないか、その罪を憎んで犬を憎まず、悪いのはあの犬山夫婦だ、と考えようとしたが、アホ犬の所業は留まるところを知らず、増長するばかりであった。とうとう自分は犬を憎悪するに至り、このままではこちらが発狂する、オノレ!どうしてくれようか、と真剣におもいつめていたのであるが、最近になって犬問題にも一応の決着がつき、経済状態以外は平穏な生活が戻ってきたのである。

 その矢先に今度は赤ん坊である。初めて顔を会わせて以来ずっと年齢不詳とはいえ、ほぼ、オヤジは60歳前後、女房は4、50代と思しきあの犬山夫婦が、我が家の隣で犬まで交え二人して、子供などこしらえるような真似をしていたとは怪しからんではないか。或いは、あれは、かの泣き声の主は、ひょっとすると孫なのか。そういえば、昨日ちらっと面差しを垣間見た女は、以前いた女房よりもずっと若返っているような感じも受けた。あれはあの夫婦の娘なのか、それともやはりマダム・犬山なのか。もしかすると、こちらが知らぬ間に犬山のオヤジは女房を取り替えていたのであろうか。まさか、女房が一人増えて、二人になったのではあるまいな。わからん、わからん、いったい全体、どうなっておるのやら。まあ、赤ん坊の一人や二人、多少の泣き声は気にすまい、自分らと違い子を生す夫婦がおるから、人口はさほど減らず国家安泰で来たのだ、今までは。などと思いながら、日記を書き終え、古本の仕事も少しはしようと、<ラクテン>に5点UP。赤ん坊の、おあーん、おあーん、という泣き声に混じって、うおーん、うおーん、という犬の吠える声も聞こえてくる。

 ブランチというより夕食というのが適当の、本日第一食目のうどん啜りつつラジオで聞くテレビのニュース。札幌の老舗デパート<丸井今井>に<伊勢丹>から支援決定の報。この百貨店、道民から「丸井さん」とデパートの中では唯一「さんづけ」で呼ばれ、親しまれていたのであるが、創業者直系の四代目社長が事業を過度に拡大して火の車、拓銀破綻直後、どこかのマンガの一エピソードのように、前触れもなく、取締役会において本人以外の全員一致(だったと記憶する)で解任されたのである。

 腹がくちて、睡魔が襲ってきたところへ、起きだしてきた妻と交替して仮眠。一時間の予定であったが、3時間寝て10時に起床。

 深夜、妻の助けを借りて寝室の詩集類を片付ける。まとめて置けるここというスペースはすでにないので、家のあちらこちらに分散して少しずつ積み上げる。が、なかなか作業捗らず、「少なくとも置き場所考えて買えよな。高い金出して、重たい思いして、ホコリだらけになって、疲れてさ、そうまでして買わなきゃいけないもんかね。詩集って」などどという不平不満も聞かれ、だんだんと家の中の空気も険悪となり、殺意にまた火がつきそうな気配が漂う。2時間ほどかかり、3時過ぎ終了。

 シャワーを浴びて、日本酒、水割り。。日中最高気温31.5℃。6時、就寝。