須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

日曜 八木義徳展講演会へ

 11時の予定であったが起きれず、午後1時15分起床。牛乳、カフェオレ、紅茶、冷水。洗顔済まして即外出。地下鉄で幌平橋

 横殴りのチクチクと顔面刺して来る雪をついて2時5分過ぎ、北海道文学館着。メガネレンズが曇って視界1メーター、トイレでレンズ拭く。木原直彦名誉館長の講演「八木義徳と北海道の風土」を聴く。さまざまなエピソードを話される。3時35分終了。

 前の席にいらした八木義徳書誌の土合弘光さん(http://d.hatena.ne.jp/nekomatagi/20090115)、柴田錬三郎評伝(『無頼の河は清冽なり−柴田錬三郎伝』)の沢辺成徳さんと吹雪の中、中島公園駅近くのビジネスホテル1階喫茶店へ。セルフサービスのエスプレッソコーヒー200円(自分はほうじ茶も)を飲みながら4時近くから5時まで。

 久方ぶりにお会いした(15年ぶりぐらいか?)現在の沢辺さん、誰かに似てると思えて仕方なかったのであるが、それが俳優石橋連司の最近の風貌であることに気づく。「薫風さん元気ですか?」と訊かれ、「元気みたいですよ、最近の営業時間は3時から6時までらしいですが、確実に入店するためには電話予約してから行かれた方がいいですよ」と答えておく。

 お二人の話によると八木義徳はヘビースモーカーでコーヒー好きであったが酒は飲まない人であったそうだ(だから年を重ねてからも晩年まで着実に書き続けられたのだな、と帰宅後考えた)。また実に几帳面、稀な筆まめと云っていい人であり、日中明るいうちは手紙を書き(と読書?)、小説は深夜書いていたらしい(と、これも酒呑みでないからできる一日のサイクルなのだ、酒好きなら夕方になると飲みたくなってしまうだろうから、と帰宅後思った)。

 現在、室蘭市港の文学館には数千通の八木宛書簡が収蔵されているが、土合さんの推測では、おそらく等量の八木書簡がこの世に存在するであろうとのことだ。だとすれば、これは、日本の文学者の中ではトップクラスの書簡の多さではあるまいか。ということは、収集・編集・制作の手間ひまと採算を考えないで云えば、八木義徳書簡全集も可能なわけである。

 また、自分が持参した雑誌で、志賀直哉の全作品に影響を受けたと本人がアンケートに答えている頁を示すと、師匠は横光利一だが八木先生の文学は白樺派だよ、という沢辺さんの指摘に成る程と膝を打つ思い。室中での文学開眼が有島武郎なのだから、人生行路は紆余曲折いろいろあったろうが、文学の道は首尾一貫していると云うか、最初の道標に沿って歩み続けたと云い得るのではないか。講演プラス興味深いお話を聞けて、その上、八木展招待券まで戴き云う事なし。酷寒の中を来てよかったなあと思ったことだ。中島公園駅でお別れ。

 南平岸Maxvalu>でマルちゃん玉うどん2、酒温情2リットルパック、計1094円調達。吹雪の中、5時半帰宅。悪天候につき発送は明日に延期。18時現在、雪、−3・7℃(最低−7・4、最高−2・7)、湿度71%。受注2『テクストの発見 (叢書比較文学比較文化6)』『歌と詩の系譜 (同5)』。8時、うどん、ナットウ、冷水、トースト2クリームチーズ、紅茶。梱包1。深夜、受注『現代大家色紙十二ヶ月』。大市仕入れ本なり。

 1時〜3時入浴。脚と腕をマッサージ。ネギマヨ入り卵焼き、自家製チャーシュー、イカ塩辛明太子、ダイコンとモヤシの佃煮、柿の種 with 塗るチーズ、トースト1 with クリームチーズ、燗酒二合、ウィスキー水割り2、玄米茶。まだまだ疲労とれず躯の節々が痛む。痛いわ!と思わず声を上げる。午前6時就寝。