須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

黄金バット三条ビルに死す

 8時15分起床。晴。うどん、ナットウ、米飯、冷水、カフェオレ。

 9時10分出発、腰が危ぶまれるので本日は徒歩はやめて、地下鉄でA本屋さん本店のある月寒へ向かう。10時10分前、地下鉄月寒中央駅着。元Sタイムス記者現在失業中の小笠原君すでにベンチで待っていた。挨拶もそこそこにのし袋を差し出すので、失業者からは貰えない、と云うと、いや、もう入れちゃいましたから、と答えるので有り難く受け取る。

 徒歩でA本屋。元は食堂かなんかですか、という小笠原君の問いに、そう、焼肉屋、と答える。珍しくI運送のトラックがすでに到着して待機している。程なく、A本屋さん主人の吉川さんが来て作業開始。狭くて急な階段往復して2階から40箱ほど卸してトラックに積み終え、「若い奴今日は来ないの?」とA本屋さんに訊いていたところへ若者バイト三人組現れる。遅いんだって!若者といっても毎回動員される謎のスサ一家の長男30歳と、その知人の33歳の髭作業服と、その知人の18歳という構成で、正真正銘の若者は一人だけ。

 その後、A本屋さんの指示でA本屋第二倉庫へ地下鉄にてバイト5人でぞろぞろ移動。移動中小笠原君と死んだ父の話、小笠原君が某芥川賞作家から聞いたまた別の某芥川賞作家の話など。南郷18丁目の駅からようやく倉庫代わりの車庫に辿り着くと到着している筈のトラックの姿なく、「狸小路<Rプラザ>に先に向います」という貼紙。またSub南郷18丁目まで戻り地下鉄で大通へ。大通駅から<Rプラザ>搬入口へ。時すでに正午近く、トラックから荷物を降ろしているA本屋さんにようやく合流。カーゴに本の詰まったダンボール箱積んでエレベーターで8階へ行き、降ろして1階へ戻って、また積み込んでの往復を繰り返す。第一便降ろし終え、あ、と声かける間もなく、A本屋さんは月寒の店舗近所にある第一倉庫へ。トラックの荷台に乗って移動した方が効率的であるという小笠原君の提案は採用されず、5人また地下鉄に乗り月寒中央駅へ、そして倉庫代わりのこれも車庫へ。ここでまたダンボール箱100箱ほど積むや、バイト5人は地下鉄で大通、狸小路<Rプラザ>へ。遅れて到着したトラックからまた、箱降ろし、また8階までの往復。仕上げは歩いて5分ほどの<HCB三条ビル>にカーゴ押して行き、2階のA本屋さんから箱や紐で縛った雑誌を降ろしカーゴに積んで、<Rプラザ>8階へ上げて降ろすという行程を2往復。徒歩では5分であるが、雪道を本の詰まったダンボール満杯のカーゴ押しての道のり、男三人でも難航す。3時近く終了。

 バイト賃今日は4千円戴く。5時間、通例であると5千円を期待できるところなのだが、移動時間多く実質労働時間はたいしたもんじゃないので、これが妥当というものだろう。広辞苑以上の重量物を持ったことが無い小笠原君は腕が張って痛いと云う。一方、古本市の搬入搬出、かれこれ四半世紀もやっておる自分は、今まではどうということもなく黄金バットのようにハッハッハッハッ、何のこれしき、平気平気と笑って済ませて来たのであるが、今回最後のビル2階から降ろす仕事が、先月から引きずって来た腰痛に苛まれる腰に更なるダメージを与えたような感覚あり、明日の陳列に支障なきや、と不安である。

 A本屋さんで小笠原君と別れ、近くの<ドン・キホーテ>見学。電化製品も販売しているのを初めて知り、いろいろ物欲を刺激される。地下鉄で南平岸へ戻り、区役所で印鑑証明貰う。350円。父の口座から預金引き出すために必要の由で、昨日兄から電話で指示されていたもの。隣の区民センター図書室へ行きH新聞見て、今日掲載された自分のモノを確かめる。それから徒歩で平岸駅まで赴き某金融機関へ1万5千円払う。帰りR平岸さんへ5分ほど寄り、谷崎潤一郎の文庫本一冊恵んでもらって辞し、<Maxvalu>で買物(牛乳、白鹿酒カップニヶ計384円)して7時前帰宅。すでに岩内から戻っていた妻と数日ぶりに顔を会わす。

 東京の元須雅屋アルバイト現在某公的金融機関勤務のM君からメール。「お父様とは、開店準備の際に話を少ししましたが、ブラブラしてる私に『卒業しないといけませんよ』と諭していただいたことを忘れられません。非常に危ないところでしたから。今でも感謝しております。」とあった。大学中退した息子を持った経験から自然と出たアドバイスであったのだろうが、あんな父でも結果として多少は人の役に立つことをやったのかと思うと面白い。

 入浴。上がって寝室テレビで「古畑任三郎」見ながらビール。11時就寝。途中2時から1時間ほど起きてまた寝る。