須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

幻の文学ツアー

 3時起床。曇り。

 結城信一書誌研究では第一人者のYさんよりハガキ。先日お送りした結城文献コピーへのお礼状で恐縮す。コピーの元版、松本亮という人の詩集「ポケットの中の孤独」(書肆ユリイカ・昭和35年)に結城信一が跋文(独立したエッセイとして充分に面白い)を寄せているのだが、すでに所蔵されておられる由。

 <ラクテン>オースティン「マンズフィールド・パーク」に注文。
 横浜6×楽天4。アビスパ福岡0×コンサドーレ札幌3。アビズパに快勝するとは意外、ほんとに力がついてきているらしい。

 本日より<小樽文学館>で生誕百年記念特別展として「伊藤整展」。で、その記念講演会とシンポジュウムが今日と明日、小樽商大で開催される。プログラムは曾根博義伊藤整と小樽」、ウィリアム・タイラー「『幽鬼の街』を翻訳して」、伊藤礼「父・伊藤整」、横手一彦「占領下の表現領域」、結城祥一郎「チャタレイ裁判と憲法」、アン・シェリフ「世界の『チャタレイ問題』と日本の場合」、紅野謙介「闘う伊藤整氏」、司会・文学館館長の亀井秀雄さんという豪華な顔ぶれ。

 1週間前までは是非とも見学に行こうと予定していたのであるが、昨日までに交通費が捻出できず断念。ああ、情けねえ。

 実を言えば今月初めまでは、シンポジュウム翌日と翌々日に組まれている小樽・余市文学ツアーにもあわよくば参加しようと目論んでいたのである。と、いうよりも、このツアー参加を暗い生活の行く先に掲げられた灯火のように思って、毎日を生き抜いていたぐらいなのである。「小樽と余市の歴史探訪を織り交ぜながら、伊藤整の文学の舞台を訪ねる」(以下「」内は『ツアーご案内』告知文)1泊2日のバス・ツアーで、上記の講師やパネリストの研究者たちがそのまま同行して、「『たのしき雑談』ふうに、伊藤整とその文学についてご専門の蘊蓄を傾けて下さる。これほど贅沢な文学ツアーはまたとないでしょう。ガイドには小樽文学館の館長と副館長がつき、地元の人間ならではのきめ細かい案内を致します。」というのだから店舗のない古本屋の身軽な身分を生かさない手はない。その上、鮎料理で有名な割烹旅館、「余市の水明閣で一泊。新鮮な魚介と、おたるワインや、余市ニッカ工場のウィスキーなど、芳醇なお酒で盛り上がりましょう。翌日は、江戸時代の松前藩の運上屋や、................若き幸田露伴が過ごした場所を訪ねて、帰路は屋外でジンギスカンを頬張ったのち、小樽へ戻って.............」ときた日には酒好きの心を疼かせるに充分である。喰らって飲んで、その上、たっぷりと伊藤整耳学問ができて、費用が全部ひっくるめて1万と5千円ってんだから、めちゃ安、タダみたいなもんであり、参加せぬでは生涯の不覚ってもんだ。先月上旬、副館長の玉川さんから案内チラシをいただいた時点では、そのぐらいの金、6月までにはネット売上で調達できるだろう、るんるん、と、狸の皮算用、ただ一抹の不安は、お調子者の本領発揮、羽目を外して二日酔いの末、バスの中で、ビニール袋に顔を突っ込んでいる自分の姿が浮かんでくることであり、皆さんに迷惑をかけちゃまずいから飲み過ぎないよう注意せんとな、などと脳天気に自戒していたのであるが、すべては絵に描いた餅、杞憂に終わったのである。果ては、あろうことか、旅行費用どころか、小樽までの往復運賃もままならぬ本日今日なのであるから、元々文学ツアーなんぞ高嶺の花、身分不相応であったことに、ようやく自分は気づいたのである。

 折しも昨日は毎年この時期にある伊藤整文学賞の授賞式が小樽のグランド・ホテルであったらしい。今年(第16回)の受賞者は小説は笙野頼子、評論は富岡多恵子で、式に先立って中沢新一(第12回受賞者)の講演会があったようだ。北海道の他の文学賞、例えば北海道新聞文学賞とか小熊秀雄賞とかの副賞賞金が50万円なので、この伊藤整賞もてっきりそんなもんだと今まで思っていたんであるが、なんと本土のビッグな賞(純文の)に同じ一人につき100万円。主宰は伊藤整文学賞の会、小樽市北海道新聞社の三つであるが、主な金主は道新にちがいない。パーチーの費用、選考員や講演者への謝礼、交通費宿泊費、等々を含めると低く見積もっても、すべてでざっと300万から400万はかかるだろう。なんでこんな下世話な計算をしてわざわざ記すかというと、歴代の受賞者の方々には関わりのないことであり、一生知らなくてもかまわないことであろうが、小樽市小樽文学館に与えている年間(だよ、年間)の図書購入費がこの10分の1にも満たない金額であるらしいからだ。これでは初版本数冊しか買えないよ。いや場合によっては、そう、例えば吉田一穂の詩集「稗子伝」カバー函付き(文学館に所蔵の有無は知らぬが、たぶん持っているだろう)なんかは諦めるしかない。てな話を、札幌のある老舗古書店Jr.にしたところ、「えっえー?それはずいぶん増えたんじゃないですか。10年前ぐらいはウン万円って話でしたよ、たしか」と反対に教えられ自分はのけぞった。

 一人の伊藤整という昭和の代表的文学者を顕彰するのはおおいにけっこうなことなのであるが、伊藤整を含む小樽(広くは積丹半島さらには北海道)と関わりの深い文学者を顕彰するための施設である文学館が行う資料収蔵、公開の活動もまた大切なのであって、少しはこれを重んじて、もうちょっと予算を割り振っても、市のおエラいお役人さんたちはいいんではないべか、と自分は柄にもなく思うのである。なにを!古本屋風情が!とニラまれたら、ひとたまりもなくヒネリつぶされるのは必至なので、ごく秘かに低く小さな声で。

 <ラクテン>へ11点UP。テレビが見れなくなって1週間が過ぎた。断酒。6時就寝。