須雅屋の古本暗黒世界

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

土曜 優良書市準備

 11時起床。今日から靴をやや春向きにした。と、いっても昨年12月に、夏以外のスリーシーズンOK、と靴屋のオヤジが保証したので買ったものだが、あまりに底がすべるので下駄箱にしまってあったのだ。足も軽やか、身も軽やか、心も軽やかといきたいところであるが、そうはいかない。月末は近づいてくるし、おまけに明日は札幌古書組合の優良書市なのだが、どうせまた何も落札できないだろう、と思うと気分は晴れないのである。本当は布団ひっかぶって寝ていたいところなのであるが、事業部長A本屋さんに大恩があるので(いろんな人にあるんだよなあ、これが)そうもいかない。

 12時45分、交換会会場の頓宮神社着(テレビ塔から徒歩6、7分ほど)。12時半集合の筈なのだが、陳列はほとんど9割方終わっており、みんな昼食休憩の最中であった。薫風に訊くと、昨日中に何人かの事業部員と理事に、理事長の◯◯堂さんから招集がかかり、今朝9時半から作業していた由で、気の毒に薫風の顔にはすでに疲労の色が濃い。残っていた弁当のコンビニおにぎりを3ヶ貰う。これは助かる。今夜のご飯になる。ああ、理事でなくてよかったなあ、と思いながらバッグに確保。
 作業再開後しばらくして、薫風とじゃんくまうすさんが二人してエレベーター前に並んで何処かへ行こうとしているので、いいな、お茶でも飲みに行くんかな、と思い尋ねてみると、今回の市へ委託で出品してもらう本を、お客さんの家へ取りに向かうところだというので、自分も付いて行くことにした。ああ、俺ってお調子者。

 じゃんくさんの車に乗り込んで、これからドライブ、ゴーゴー、イェーイ、Get it on !、ってふんぞり返っていたら、30秒もたたないうちに目的地のマンションに到着してしまった。そのお客さんというのが、薫風書林の隣で16、7年も喫茶店<S>を経営していた女性で、店はけっこう繁盛していたのであるが、病気のため昨年秋に突然、惜しまれつつ廃業していた方だった。親しく口をきいたことはないが、<S>の人と聞いて、どんなところに住んでどんな本を持っているのかという興味もあって付いて来たのである。<S>には来札時に蓮見重彦も立ち寄ったことがある。だからといって、別にどうというわけじゃないのであるが。

 いい本がある。棚は3本だが、相当の量が床に溢れていたので5本分ぐらいはあるだろう。この30年ほどの内外の現代文学が中心だが、ほとんど読んだ跡があるじゃないの。積んどく派の自分なんぞより、よっぽど本を読んでいる、なかなかの読書家の棚ですよ、これは。野呂邦暢佐藤泰志まで、けっこう揃ってるよ。

 三人でどんどん本をビニール紐で縛ってゆく。途中からじゃんくさんと薫風で、次々に外に運び出し、台車に積んでエレベーターで1階に降ろし、車に積み込む。

 1DKほどの広さだろうか、レースのカーテンを閉めた薄暗い中で、女主人はずっと大きなマスクをしたままで、蒸気を出し続けている加湿器の側のソファーに座っているのが、痛ましい感じがした。本棚にパネルにした、今はもういないらしい愛犬の写真が飾ってある。窓から外を眺めている柴犬の写真で、黄昏らしき青い色の窓に犬の顔が写っており、それが戸外を眺めているようにも、自分の顔を見つめているようにも見えて可愛らしく、このワンコがもう存在してないんだな、飼い主の悲しみは如何ばかりであったろうか、と思うと自分の胸もきゅんとなるのであった。

 市会会場の神社へ戻ると2時を廻っていた。帰りの車内で「お礼は2千円でいいですか」と薫風が言いだしので、「いや、いいよ、どうせ古書組合の仕事の最中なんだから」と一旦は遠慮するフリを見せておいて、作業中に、自分読書用に譲ってもらおうと、選り分けて縛っていた阿部和重シンセミア」上下他10冊を、ありがたく(まんまと)いただく。「素早い、いつのまに、さすが、スガさん」と薫風は感嘆の声を上げていたが、上下計1400枚だかの大作、ほんとに読む日が来るのかね。

 神社に戻ってからは、縛り百本以上になったS女主人本を、選り分け、より落札価格が高くなように何口かにわける仕事を、熱心にやった。「龍胆寺雄全集」「ドイツ・ロマン派全集」「世界幻想文学大系」をそれぞれ一口にした他は大山5口に分けた。この後、個人的に何か利益バックがあるわけではなく、金がなく落札もままならぬので、いつもの自分なら無関心なのだが、あの犬の写真に心動かされたのであろうか、少しでも明日の落札値が高くなり、より多く女主人に金子が渡るように、自分はいつにない熱情を持って働いたのであった。やはり、あの犬の霊が自分の身体を動かしたのであろう。主人思いの犬であることよのぉ。

 さきほど昼食休憩時に、事業部と理事のごくろうさん会というか慰安会を今夜やるからと、急に言われて出欠を取られ、家のインコが心配なので欠席を申し出ていたのであるが、歯痛の薫風をはじめ、自分の他にも欠席者が多く、夕方には、うまい具合に中止延期になった。これで近々タダ酒が飲める塩梅に相成ったわけで、まったく慶賀の至りである。

 6時まで本の下見。7時帰宅、鳥たちの無事確かめ、メールチェックする。 
 A本屋さんからメール。委託してESに出品してある「フィリップ全集」全3巻の状態を問い合わせるメールが客から来たという。椅子に乗って、棚の上から降ろし、函から取り出して1冊ずつ調べ、詳細を書いて、返信する。ああ、めんどくせえ。これで、売れれば労苦も報われるのであるが、大概こういう客って買わないのよね。

 入浴後、本日の労働を慰労して酒。